2010年02月03日
現実を知ることの大切さ
基本的な路線はそのままですので、今後ともよろしくお願いします…。
http://cojb.exblog.jp/12772361/
リンク先でもある某ブログの記事。
『夢』を追いかけると言えば聞こえはいいけれど、実際にこのような人はまだまだたくさんいるのが現状。
僕も実際22歳までは一般公募のセレクションに通ったりしたけれど、今思えばもう少々早く他の勉強に移ってもよかったのかな?なんて思っている。
実際にブラジルでは24、5歳でプロになる選手もいるんだけれど、そういう選手はそれなりにアマチュアのクラブとか、職場のチームとかでプレーしたりしている例が多い。
理由は、『プロサッカー選手よりも工場で働いた方が儲かるから』だったりする。
ある程度の年齢になったら働かなくてはならない。
確かに裕福で働く必要がない人もいるのだろうがそんな例は希だし、現実的にはサラリーを稼ぐために勤労しなくてはならないわけだ。
『プロサッカー選手になりたい』という気持ちは否定はしないけれど、現実に負けて夢だけを追いかけることが、次のスタートを遅らせてしまうのではないか?と思う。
実際に自分とブラジルで同じクラブで毎日練習していた日本人選手は誰一人としてプロ選手にはなれなかったけれど、社会人として立派に働いていると聞く。
逆にブラジルに来てからぐうたらしていた選手のその後は全く知らない…というか、誰一人として連絡を取ろうとしないから全くわからない(苦笑)
例えば、『プロサッカー選手になりたい』と言って、それなりに練習、努力していたとしても、周りも初めは応援してくれるかもしれないが、年齢が上がるにつれて段々相手にされなくなってくるだろう。
そして現実…25歳ぐらいで『プロ』と言っても誰も相手にしてくれなくなるでしょ?
ある友人は、『どうしても諦めきれないから、海外に行きたい』と言いだし、バイトでお金を稼いでブラジルに1ヶ月だけ挑戦した。
そして1ヶ月後、成田空港に出迎えに行くと、『自分は新しい道に進む決心がついた』と、きっぱりと夢を諦めた。そして…。
『理学療法士になる』
そう言いだして、彼は猛勉強を始めた。
少し国家試験に躓いたけど、現在は理学療法士として働いている。
夢を追いかけてダメだったとしても、本気で打ち込んだことだったとしたらその経験が次のステップでも必ず生きてくるものだと思う。
もしかしたら、『プロサッカー選手になりたい』というのは、現実から逃げるための口述だとしたら…それは非常に残念なことだ。
夢を持つことと現実を知ること…両方のバランスが重要なんだと改めて思う。
2010年01月08日
2010年高校選手権
本年もよろしくお願い致します。
日本の育成に関して特に今の時期は、自然と高校選手権の話題になるだろう。
やはりトーナメントの大会ということで、どうしても結果を意識したリスク回避が多いサッカーとなるのは例年と変わらない。
もちろん一時期に比べればそのリスク回避も減ったかもしれないけど、やはりマンネリ化を打開する為にもW杯方式の大会にした方がいいのかもしれないね。
要するに、予選リーグ→決勝トーナメントというやり方。
予選リーグがあることでリーグ戦で引き分けても最悪勝点1という、リーグ戦の戦い方ができるので、一発勝負で力のあるチームが敗退するということは避けられる。
もちろんトーナメントで勝ち残るチームも力のあるチームなのだけど、質の高いサッカーを求めていくなら予選リーグを行ったほうがいいでしょ。
会場確保等の問題もあるけれど、出場校を現状の48から32チームに絞ることさえできれば、開催は可能な気がするけど、どうだろう?
各チームの日程は過酷になるかもしれないけど、各グループ1位のみの決勝トーナメント進出とすれば、決勝戦まで進出したチームは6試合を戦うことになるが、現行の大会でもシードされないチームは6試合を戦うわけで決して不可能な数字ではないわけだし。
前からトーナメントの大会に対して問題提起がされてきていたから尚更だし、プリンスリーグもできた事は評価に値するのだけれど、高校選手権はメディアの力もあるからこそ、サッカーの質が求められていいはずだ。
実は会場に足を運んだ時に思ったのは、
『入場料が\1,500は高い…』
って事(苦笑)
プロのプレシーズンマッチだって自由席が\1,000の試合もあるのに、全国大会とはいえ、あの内容に\1,500を払うのには抵抗があったな。
父兄とかは応援席に無料で入ってるんだろうし、実際の有料入場者がどれぐらいいるのかはわからないけど、スポンサーもついた大会なのだから尚更、お金を払うのにはサッカーの質が問われてもいいはずなんだよね。
学校スポーツだから教育の一環であることは間違いないよ。
プロでもないから、サッカーの質を問うのはどうか?って言われたらそれも一理ある。しかし、選手はいずれ社会人になる。
その学生時代に打ち込んできたサッカーの大会を、お金を払って見に来る人がいるって事は、ある意味一時的に社会に出たのと同じ事なんじゃないかって思う。
要は、チケット代を払うのに値する大会なのか?チケット代を払ってでも見たいチーム、選手なのか?って事だと思うんだよね。
ある学校の選手は、審判がラフプレーを注意した際にその場では頷いていたけれど、振り返った瞬間に『へっ』って感じで表情を変えて唾を吐いてた。
そんなシーンを見て、『指導者は何を指導してたんだろう?』とか、『こういうシーンはお金を払って見たくないな…』って考えたし、前述のように、リスク回避のサッカーや、技術的に未熟な面等に対して…\1,500を払う事に自分は抵抗があったんだよね。
テレビで見るのも一つの手なんだけどさ、久しぶりに会場に足を運んだら、メインスタンドはほぼ満員だった事で、『みんなお金払って満足なのかな…?』って思った。
辛口だけど…日本のサッカー界の発展を考えたら、絶対に大会の新たな改革を考えて欲しいなと強く思う。
2009年12月25日
運転手

久しぶりに思い出話を。
サントスFCのバスの運転手は日系人の方。
95年の4月にブラジルに初めて行ったんだけど、まず初めにクラブの見学に行ったのがサントスFCだった。
で、たまたま日系人の運転手のKencho Noguchiさん(以下、尊敬をこめて運転手さん)とクラブですれ違った。
その後もサントス市内のクラブで練習をしてたので、よくサントスFCのバスとすれ違ってたりしてて、意味もなく練習してたチームの友達と手を振ったりしてたから(笑)、この運転手さんは僕の事を覚えていてくれた。
ある時、たまたまサントスのスタジアムの周りをうろうろしていたら、運転手さんが現れて、『ゲンキ?』と声をかけてくれたのが嬉しかったのを覚えている。
まだまだポルトガル語はわからない状態で、片言でも『ゲンキ?』って話しかけられたら嬉しいじゃない(笑)
それ以上の日本語での会話はできなかったんだけどね(爆)
その勢いで顔パス状態で、非公開だったサントスの練習を見るためにスタジアムに入れてくれたけど、練習が終わった直後だったのは残念だったな(笑)
で、サントスFCのサイトを見たら、1975年の1月から運転手さんはサントスで働いてたんだね。
僕が1975年の9月生まれだから、僕が生まれる前からサントスFCで働いてたことになる。
1944年生まれってプロフィールにあるから、来年は65歳になるんだね。
ちなみにアペリード(あだ名、通称)は
『Jorge Motorista』
まさしくミスター運転手って感じだね(笑)
近いうちにブラジルに行って、運転手さんとポルトガル語で会話してみたいね。
『ゲンキ?』って声をかけてくれて嬉しかったって、ポルトガル語で伝えたい。
そんな思い出話でした。
2009年12月21日
景気回復はサッカーからも
ただ、来年はW杯がある。このW杯に日本の景気回復がかかっていると言っても過言ではないよね。
自国開催とはいえ、2002年のW杯の時のW杯景気を思い出す。
実際、国の景気が回復したかと言えば、専門の人に言わせれば大したことがないのかもしれないけれど、キャンプ地やスタジアム周辺の地域では、かなりの経済効果があったと思われる。
しかし2006年のW杯では、日本代表の低迷から盛り上がりに欠けただけでなく、チケットを確保できない旅行会社が出たりで、サッカーがきっかけの景気の向上は見込めなかったのは事実であろう。
今回の南アフリカW杯に関しては、岡田ジャパンの予選での不甲斐なさと本大会の組み合わせを見ても、既にサッカー関係者以外の世間の興味は薄れてしまったのではないか?と思うのは僕だけではないはず。
ある元Jクラブの監督を務めた方と最近雑談した際、
『楽観や希望を持った解説者の展望も大事』
という趣旨の話をしていた。
確かにサッカーに興味のない人を取り込むためにはそういった解説も大事だと思う。
だけれども、そういった楽観的な報道だけではダメだし、反対側にもっと現実を知ってもらうような報道をバランス良く行っていくのが大事だと思っている。
日本のマスコミのやりかたっていうのは希望的で楽観的な憶測からの報道から入るから、世間の期待を煽るんだけど、実際に躓いた後に誰も責任を取らないで、世間が一気にしらけてしまう(苦笑)
少し前に南アフリカW杯の組み合わせから、解説者が討論するという番組をやっていたけれど、全然解説者らしくない予想やコメントがあったりしたがっかりした。
あの場では現実を語り合うはずなのに、ほとんどの解説者が現実じゃなくて自分の理想的な願望をコメントしていて非常に残念だった。
仮に本気でああいう予想をしているのだったら?本当に代表チームのサッカーを見ているの?っていう感じでしょ?(苦笑)
でも、今回の代表はW杯で勝てる力がないっていうのは誰もがわかるはず。
それをさぁ…解説者が『現実はこうです。でもその現実を覆すためにはこうやって戦う方法がありますよ…』とかって討論するのならわかるんだけど、サポーターのような希望を話し合う場にしてしまったのは非常にもったいないと思ったね。
横道に逸れたけど、日本国民が景気回復を望むのなら、W杯で日本代表が勝ち上がることっていうのは一つの起爆剤になる。
僕は実際にサッカーで飯を喰っていく上で、2002年のW杯の時にそのW杯景気を体験したし、サッカーが景気回復のきっかけになるって本気で思ってる。
だからこそサッカー関係者だけでなく、日本国民全体が日本代表に『勝て!』っていうプレッシャーをかける権利があると思っているし、岡田監督は日本の景気回復を背負ってると言っても過言ではない。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0912/14/news010.html
ただ、岡田監督がこの講演で語った代表監督の仕事に関して、選手選考の事だったり、98年W杯の事だったり、今から勝てなかった時の予防線を張ってる様な気がして、『この人に日本を任せていいのか?』と改めて思ってしまった。
今回の南アフリカW杯が日本の景気回復の起爆剤になれるかどうか…
また4年待つことになるのか?日本でW杯が開催されるのを待つしかないのか?
本当はそういう国民の期待を背負って戦わないといけないんだよね、代表チームって。
2009年12月03日
良い選手の基準
・がむしゃらにプレーするのではなく、考えて全力でプレーする選手
・攻撃だけ、守備だけに偏らない選手
・攻撃のために守備が出来る選手
・守備のために攻撃が出来る選手
・あくまでチームのために個人技を活かせる選手
・精神的に強い選手
言葉にするのは簡単だけど、実際にこういったことのできる選手って、意外といないんだよね。
『頑張る』って言葉を勘違いして、ただ一生懸命がむしゃらにやる選手は良い選手に見えるけれど、実はチームのバランスを壊してしまう。
そして、前に草サッカーに行った時、
『ディフェンスの選手は、0点に抑える喜びをやり甲斐にして欲しい…』って言った人がいて、その考えを否定はしないんだけど、僕個人的には『?』って感じで、共感できなかったんだよね。
やっぱり僕らが選手を育てていく上で考えなければいけないのは、『多種多様』を理解できる選手じゃないか?って。
だけど、現代のサッカーにおいてはFWも守備の負担を苦にしないということが重要だと思うし、守備の選手でもボールを失わないことだったり、攻撃参加や決定機に絡むことは最低条件だと思うんだよね。
2008シーズンの鹿島のマルキーニョスなんかは、前線からの守備だけでなく、得点能力としても得点の仕方が多彩だったと思うし、MVPとして相応しいかったと思う。
あのシーズンのマルキーニョスは日本人FWの目指すべき姿を実践してくれたと思うな。
2009シーズンは研究されたり、コンディション不良なのか、なかなかベストの状態でのプレーは見られなかったけど、先日のガンバ戦では本来の姿を見せてくれたような気がする。
興梠はそのマルキーニョスの側でプレーして伸びたって誰もが思うよね。トニーニョ・セレーゾ元監督がブラジルに帰る際、『ブラジルに連れて帰りたい』と言った能力を持つ選手だからこそ、そういったマルキーニョスのプレースタイルを学ぶことは大きいと思う。
そして2007シーズンに小笠原がイタリアから帰国した際のプレースタイルの変化は興味深かった。
まさしく攻撃の為にボールを奪うというヴォランチとしての理想のスタイルだったと思う。
残念だったのは2008シーズンになると疲れが出てきた頃に守備面での貢献が落ちてきて、尚かつ長期の怪我での離脱があったこと。
そして2009シーズンは開幕戦で復帰したものの、2007シーズンに比べると守備面での貢献が徐々に落ちてきてしまったように感じた。
しかし、ガンバ戦の先制点に繋がったボール奪取等のプレーは、コンスタントに意識して欲しいプレーだと感じた。
どうしてもカシマスタジアムに足を運ぶ機会が多いので、鹿島の選手を例に出してしまうけれど、海外経験のある選手が学んだプレーというのは非常に興味深いし、良い選手になる一つの例じゃないか?と思う。
特に興梠なんかは海外に挑戦して欲しい選手であるし、代表でもスタメンのチャンスを得られたらと思うのだけれど…。
あとは一昔前のブラジル代表の両サイドバック、カフーとロベルトカルロスの様なサイドバックが日本に育ってきたら…と思うけれど、それにはまだまだ時間がかかりそう…。
CBに関しても闘莉王は帰化選手だし、日本には世界基準のディフェンスの選手、要するにゴールを守るだけの選手じゃなくて、攻撃にも貢献できるDFの選手を育てていこうとする努力が必要じゃないか?って思う。
※まあ闘莉王に関してはちょっとワガママに前に行きすぎる気はするけど…。
メンタリティに関しては別の機会で触れるとして、攻守のバランスが全てのポジションにおいて必要とされているし、本当にいい選手はそういう事を常に考えられるよなって思った。
ただ『頑張って守る』っていうような守備のレベルじゃ通用しないのがプロや世界のサッカーだからね。
いや、本当は草サッカーのレベルでもそうならないといけないんだよね、国のサッカーのレベルを上げるっていうことは。
2009年11月26日
国内リーグのレベルは上がったのか?
シーズン序盤は鹿島が独走して、圧倒的な力を見せるかと思ったけど、夏ぐらいから失速したね。
自分はカシマスタジアムに頻繁に足を運ぶから、シーズンを通じてチームの状態を感じることが出来るけど、昨シーズンと比べて鹿島が力をつけているとは思えなかったし、対戦する他のチームが力をつけているとも思えなかった。
4月29日の神戸戦、開始直後にセットプレーから岩攻が決めて、その後はパッとしないまま89分間を逃げ切った試合があったのだけれど、確かに他のチームから比べたら戦力が上なのかもしれないけれど、圧倒的な力を見せての1-0と言うよりも、スコアが妥当な1-0という内容だったのが印象深い。
『今年の鹿島の力はそこまで抜けていない』と思ったのはこの試合からだった。
10月4日の新潟戦では、マルシオ・リシャルデスのような技術のある選手にやられてしまう等、本当に力のあるチームだったらあり得ないようなやられ方をしていたし、川崎の追い上げる勢いに飲まれた感はナビスコ杯や途中で打ち切られ再開試合になった直接対決からも否めないだろう。
しかし、川崎もその勢いのあるチームという印象を脱せない。
実際に元鹿島のスタッフが多いということからも、鹿島に対しては『負けたくない』という意識が強いのは間違いないが、大事なところで試合を落としてしまう。特に降格が決まっている大分が意地を見せたとはいえ、首位に立っても突き放すことができないのはまだまだリーグを抜け出る力がない証拠だろう。
そしてG大阪は昨シーズンはACLに力を注いでリーグは低迷したけれど、今期はなんとかリーグでも優勝の可能性を残している。しかし、ACLに敗退したことでリーグを戦うモチベートを維持できただけで、戦力を見たら普通に戦っていれば今の順位は妥当なところかもしれない。それは鹿島にも言えることだろう。
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今年も結果的には混戦となった。
ここ数年、リーグは混戦になっている。
実際の所、2チームで優勝を争うようなリーグ戦ならいいのだけれど、さすがに数チームが最後まで優勝を争うようなリーグというのはある意味『マンネリ化』している気がしてならない。
数年前の浦和は抜けだそうとして補強に取り組んだけど、結局ダメだった。
しかし、そのような挑戦をしようとするクラブは新たに現れていない。
そして、鹿島は夏に補強をしなかった。
『現有戦力で残り試合を戦える』という判断をしたのはどうしてだろうか?
最終的にスタメンが変わらなかったとしても、新戦力が入ることで選手が緊張感を得ることができるし、結果としてそれでタイトルを穫れたとしたら戦力の補強は成功だったと考える。
シーズン前のパク・チュホの加入は大きかったけれど、シーズン途中に更なる刺激を与えるような補強がなかった事は、結果としてACLの敗退後、チーム内の競争の活性化を図ることができなかった。
中田浩二が青木に変わってヴォランチに入ったことでチーム状況は上昇したけれど、やはり現有戦力の中でのやりくりだった。
実際にシーズン途中に船山や鈴木修人らをレンタルで放出したのは、競争を楽にしたようなものだからね。
それでも鹿島は首位に立った…結局リーグ全体が昨年と大きく変わってないってことなんじゃないかな?
清水もシーズン終盤に差し掛かる頃、一度は首位に立ったけど、あっという間に陥落してしまった。
名古屋は昨シーズンのG大阪のようにリーグよりもACLに賭けたけど失敗した。
昨年のナビスコ王者の大分は、成績不振、怪我人の続出やスタジアムのピッチの悪さ等を指摘された上、J2へ降格が決まった…しかしその後は上位陣に勝ってしまったり。
力の抜け出たチームは昨年同様にまだ現れてないっていうことだ。
Jリーグや日本サッカー界の為にも、国内リーグの混戦というマンネリを打破するために、力の飛び抜けたチームが出てくることを望む。
それは最低限、Jリーグを独走し、ACLのタイトルを勝ち取るというチームじゃないか?
中東勢のようにお金をかけて選手を補強してもアジアで勝てないという例もあるからこそ…やはり経営上手のクラブが日本に現れてきて欲しいと強く思う。
2009年11月17日
プレーイングエリアの確保
最近では、GKからのフィード等の際でのヘディングの競り合いの前に、一切駆け引きをしないでボールにがむしゃらに競り合う場面を見ると残念に思ってしまう。
守備側の選手は、自分のゴールを守るために前を向けるから、ある程度ボールを見ながら競ることができるから有利なんだけど、攻撃側の選手の工夫の無さは本当に残念。
高さのない選手は特にそういう工夫がないとボールをキープするどころか、先にボールを触れないと思うんだよね。高さのある選手だったら尚更工夫があればボールを懐に収めるっていう選択肢もできてくる。
具体的に言えば、あるJでプレーするブラジル人選手のFWは、身長はそれほどでもないから、GKからのパントキックでのフィードに対してヘディングで競り勝つことはあまりないけれど、自分より大きなDFの選手を背負ってボールを懐に入れて、攻撃の起点になれる場面が多かった。
その工夫っていうのは、DFの選手は勝手に落下点に入ってくれるので、ボールが落ちてくる前にボールを見ないで前を向いて一度DFの選手の懐にぶつかってから、腕を使ってプレーイングエリアを確保することだ。実際にそういうボールのない場面での駆け引きは、ボールウォッチャーになってしまうDFの選手には非常に厄介だろう。
ちなみにスペースにボールが出た時に、こういう駆け引きを前もってしておくことで、一瞬のスピードでDFは置き去りにされたりしてしまう…密着でマークすると、どうしてもスペースを埋めることは難しくなるからね。
また高さのある選手の駆け引きにおいても、どうしても腕を使ったプレーができていなくて残念な気がする。鹿島の田代みたいな、高さだけでなくてジャンプ力がずば抜けている選手が、相手DFのプレーイングエリアを奪うように腕を使えたら…なんて思ってしまう。
実際に先日の天皇杯の神戸戦では、腕を使う前にジャンプしてしまって、相手DFに競り勝っても自分の身体を守れないで大怪我を招きそうな場面が何度もあったし、審判のジャッジがそういった接触プレーに対して無駄に敏感だった為に、明らかにDFが背中を押していても、田代が先に飛んだ分、落ちてくるタイミングのズレから、結果としてファウルを取られて、『跳び損』みたいな事になっていた。
※まあ審判のジャッジの質も低かったんだけど…(苦笑)
ヘディングってプレーに関しては、自分が有利になるためだけでなく、跳んだ後は無防備な姿勢になるからこそ、その前の駆け引きをしないと予期せぬ大怪我にも繋がってしまう。
そういう意味でも、指導の上でボールをしっかり当てることだけでなくて、その前の駆け引きをしっかり教えてあげないと、自分だけでなく相手も怪我させてしまう可能性が出てくるってことも理解しないといけない。
やっぱり前述の田代みたいな身体能力を持った選手はもったいないよね。
11月14日(土)天皇杯の鹿島対神戸をスタジアムで見ていて色々考えたけど、オリヴェイラ監督が試合後の会見でも、審判のジャッジに対してもコメントしていたらしい。
でも、それだけじゃないんじゃないか?って思ったので書いてみました。
2009年10月23日
厳しさが人を育てる
就職率100%という脅威の数字に対しての秘密…自身が経験された苦労を含めての教育方針は、本当に素晴らしいものだった。
『厳しくなければ教育ではない』
語弊もあるかもしれないけれど、社会の厳しさを社会に出る前に伝える事は非常に大事な事だ。
僕はこのブログで、日本の過保護すぎる面を含めて色々指摘してきたつもりだけれど、『就職率100%』の数字が物語る事は『厳しさ』に秘密があるのではないか?と思う。
結局高校生ぐらいまでは、ある程度法律や学校、保護者に守られてもしょうがないんだけど、それの度が過ぎるからこそ、社会の厳しさに負けてしまう若者が増えていく傾向があるのではないか?
理屈じゃなくて、戦中、戦後の厳しい状況を乗り越えてきた人の話は説得力がある。しかし、今の子供達はそういう話は知識にあっても、それの何十分の一の障害も乗り越えられずにふてくされてしまうのが現状じゃないかな?
本当の厳しさを知るのは社会に出てからかもしれないけど、少なくとも学生の年齢のうちにその準備をしなくてはいけないのに、多少の厳しさも知らないで育ってしまった者は社会に適合できずに苦しむんだよね。
前からずっと指摘してるけど、プロサッカー選手だって一つの職業。そのプロサッカー選手になりたかったら、指導者がそれなりの厳しい環境を作り出しての練習は不可欠。
厳しさっていうのは厳しい練習だけじゃなくて、生存競争の厳しさだとか、社会の中で生きていく厳しさだとか…特にピッチ外での教育が欠けてしまっては全く意味がない。
でも、残念ながら今の日本全体の育成のやり方だと、厳しさを知らない温室育ちの選手があまりにも多く育ってきてしまうような気がしてならないんだよね。
個人的にはU-18世代までの移籍を今よりも活発にできるようにして、Jクラブの下部組織も契約制にして、力が足りない選手は契約を打ち切られて他チームに移籍しなければならなくなるとか、逆に力のある選手は他チームから引き抜かれるような環境が出来上がるのが望ましいと思う。
素行の悪い選手や、学業面での成績が振るわない選手なんかも契約を打ち切られるっていうプレッシャーを持ちながらプレーすることは、むしろプラスの要素も多いと思うけどどうだろう?
義務教育が15歳、中学校3年間で終了するからこそ、そういった厳しさを与えることで、社会でも通用する人間が育ってくると思うのだけど…。
2009年10月16日
2010年の為の2009年だったのか?
アジア杯予選の香港戦とスコットランド戦、そしてトーゴ戦と3試合が行われたけれど、2010年南アフリカW杯本大会に向けての準備としては物足りたいと思ったのは僕だけではないだろう。
香港戦は見ていないので何とも言えないけれど、『日本B対スコットランドC』とネット上でも皮肉られた試合の中で、何となく日本のサッカーの優れた点や、僕個人的に日本が目指していったらいいのではないか?というスタイルが見えてきた気がした。
やはり、日本の目指すべきスタイルは、モビリティ(連動性)を重視したスタイルだろう。
闇雲にパスを繋ぎ続けるだけではなく、ゴールを目指していくのが前提なんだけど、体格差等を考えた際に日本が欧州勢等と比べても戦っていけるのでは?と思わせるのは、オランダ遠征でのオランダ戦に引き続き、3人以上でモビリティを活かしたグループ戦術での、ピッチのミドルサードからアタッキングサードに仕掛けていける攻撃だと思う。
ただ、ボールを奪った直後に数本パスを繋いだ後に、無駄にボールを下げる場面が何度もあったのが気になった。
その下げるパスのほとんどは、ミドルサード付近とはいえ、ヴォランチではなく、CBまで下げてしまう場面が何度もあったのだが、せっかくボールを奪ってある程度前に運んだのに、プレッシャーをそこまで受けていないのに身体の向きが良くなくて、簡単にCBまで下げてしまっているような印象だった。
個人的には、松井や森本がペナルティエリア付近で前を向いたらドリブルで仕掛けていき、身体半分でも1対1で勝ってからグループで更に仕掛けていった場面なんかは、日本の目指すべきスタイルとしてはわかりやすいと思った。
もちろん世界のトップクラスに通用するかと言えばまだまだなのは言うまでもないけれど。
それでも松井や森本といった選手は、ある程度欧州での実績もある選手だから、それぐらいはやってくれないと困るだろうけどね。
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ただ、今回のスコットランドとトーゴの様な相手とのマッチメイクが代表の強化に繋がったかと言えば、全くと言っていいほど参考にならないだろう。
特にトーゴに関しては全くやる気が感じられず、お客さんとしては『金返せ!』といった感じだったのではないか?
色々と各国に事情はあるだろうけど、日本協会は特にアデバヨールを連れて来られなかったトーゴに対してファイトマネーを支払わないぐらいの強い姿勢で抗議するべきだと思う。
具体的に契約書に、
『○○○(選手名)は必ず来日し、試合に出場すること』
と明記し、契約通りにならなかった場合はファイトマネーの減額等を盛り込んだっていいと思う。
今回のような試合は今年始まったことではない。
だからこそ、代表戦にも観客が入らなくなってしまったり、視聴率が低下してしまうのは当然の結果。
しかも代表の強化には繋がらないとなったら…サポーター、スポンサー、TV局…結局誰も笑えない。
(そして極めつけは岡田監督のインタビュー拒否でしょ?TBSに対する個人的感情{※TBSの某番組に出演した際のインタビューに対して不快感を示したらしい}だけで、そういった行動に出てしまう人が代表監督だってことなんだから!)
オランダ遠征でのオランダ戦みたいな試合ができたのも事実だけれど、やはりオシム監督が率いていた当時の日本代表がアジア杯に敗れたことでコンフェデ杯の出場権を失ってしまったことから、協会は真剣勝負のできるシチュエーションでの国際試合のマッチメイクを実現するための努力を怠ったとしか思えない。
2009年が2010年の準備として満足のいく物だったと言えるかどうか?
あのポルトガルですら苦戦している欧州のような厳しい予選を戦った相手と本大会で戦うことを考えたら…日本の行った試合のほとんどが、ぬるま湯の中で行われた試合だったと言わざるを得ないだろう。
2010年に入ってからどのようなマッチメイクが組まれるのか?
ある意味期待である。
2009年10月07日
coitado
日本は世界的に見たら先進国。確かに不況であるし、失業率や就職難を考えたら厳しい世の中であることは間違いないのだけれど、世界的に見たら裕福な国だ。
治安の問題もまだまだ日本は恵まれているのだろうけど、犯罪の手口は目を覆いたくなる事や、耳を疑う事ばかりだ。
日本のFUTEBOLの世界も残念なことが目についてしょうがない。
Jリーグや高校サッカーの様なスポットライトの当たるところではなくて、身近な楽しむ様なフットサル施設でも、心の貧しさは現れている。
ビギナー(初心者)向けの大会に、上級者がエントリーして上位に入賞する例があるけど、それこそ心の貧しさをさらけ出しているよね。
逆にフットサル施設も利益をあげるために、そういったエントリーを断ることが出来ないのも問題でしょ?
ビギナーズ
スーパービギナーズ
ミドルビギナーズ
ウルトラビギナーズ
どれが本当の初心者向け大会だって?(苦笑)
施設にもプレーヤーにも心の貧しさを感じるよね。
自分はフットサル施設の乱立に対して警鐘を鳴らしていたつもりだったけど、純粋にフットサルを楽しみたい人が楽しめない環境を、施設が前述のような大会運営等をする事で純粋にプレーする楽しさを奪ってしまっていることに気がつかなくてはいけないし、一昔前に育てた選手達が、そのような心の貧しい選手に育ってしまったということに対して、指導者達は大いに反省すべきだろう。
余談だけど、Jの下部組織に所属してた選手が、ビギナーズの大会に出てたりする笑えない話が結構あるんだから!
フットサル施設によってはそれを『モラルの問題』として、無視して売上を重視して黙認しちゃう所もあるし、そのモラルのない選手を育てた指導者やチームはどうなんだ?とか色々芋づる式に考えると、本当に残念でならない。
心の貧しさ、日本全体の問題だね。
2009年09月30日
競争
ブラジルにはAMIZADE(アミザーヂ・友情)という言葉があるが、それはプロサッカー選手を志す生存競争の中において、特にピッチの中では取り去られてしまう。
もちろんピッチの外では、ブラジル人特有のAMIZADEが築かれているのだけど、さすがにピッチの中ではそうはいかない。
よく『日本人に対する差別やいじめ』という留学生の話があるけれど、実際は被害妄想であるんじゃないかと自分は感じた。
パスが回って来ないという話はあるけれど、それはブラジル人でも同じ事で、信頼が得られなければブラジル人選手にだってパスは回って来ない。
面白かったのは、紅白戦で自分になかなかパスが回って来なかったので紅白戦の合間に、『俺だってボールに触りたい!』とケンカ越しにカタコトの当時知っていたポルトガル語で主張したらパスが回ってきたこと(笑)
要は自分の存在をプレーで示すのもそうだけど、はっきりと主張できるかどうかが重要なんだと思った記憶がある。
もちろん主張ができてもプレーがダメなら生き残れないのは皆さんおわかりだと思うが、普通の日本人ならそのスタートの主張する事ができないということもご理解頂けると思う。
実際力のない日本人選手に対してチームメイトは、『voce joga bem!!(お前は上手い)』と社交辞令の言葉をピッチの外ではかけるんだけれど、それはまるで、
『儲かりまっか?』
『ぼちぼちでんなぁ〜』
のような決まり文句にさえ聞こえてくる。
そこでちょっと勘違いしてしまう日本人留学生もいたのは言うまでもなく…(苦笑)
横路に逸れたけど、僕がクラブと斡旋業者の問題で他のクラブに移ることになった時、
『このクラブは良くないから、お前がここを出ていくのは正解だ…』
なんて言われたんだけど、実際のところはそんな事は思っていないで、自分が生き残る為には日本人選手でさえもライバルが減っていく事に対して心の中でガッツポーズしていたんだろうと思う。
チームを強くするためにチームの団結を求めるのも大事なんだけど、個を育てるという面ではまだまだ日本の環境においての生存競争は甘すぎると言わざるを得ないだろう。
2009年09月25日
8人制?
FUTEBOLで飯を喰っていくために七転八倒…それもこの先の為とはいえ、やっぱり甘くないですね。
どのカテゴリで書こうか迷ったのだけど、やっぱり育成の面での話になっているので育成カテゴリで。
8人制のFUTEBOLを日本協会が広めようとしているみたいだね。
実際に指導者講習とかでも、8人制の事にも触れているからそれなりに考えてのことだろうね。
でも育成のためにわざわざ8人制の大会等を作ることの手間を考えたら、フットサルをもっと育成のために取り入れる努力をしたほうがいいのにね。実際フットサルはルールも確立されているからこそ、競技としても成立するわけで。
そもそもボールに触れる回数を増やすのなら、フットサルのほうが更にボールに触れられるしプレッシャーもキツい。
まあ、ゴールの大きさが明らかに違うから、GKの育成を考慮して8人制というのもわからなくはないのだけど、やっぱり敢えてルールを作ったり大会を作るっていうのにはちょっと疑問は残るな。
地域差はまだあるにせよ、日本全国にフットサル施設ができあがっているからこそ、その施設を活かすことの方がよっぽど重要だと思うんだよね。フットサルの関係者の肩を持つわけではないけれど、さすがに今までの気軽に楽しむだけではない、育成の面でのフットサルはこの先どうなるんだろう?と思ってしまう。
ZICOが昔、『フットサルとサッカーをバランス良く若年層の頃から両方取り組むことは非常に意義がある』と言っていたことが興味深いのだけど、どうしてもフットサルという競技をサッカーとは別物と切り離して考えてしまっているのではないか?と思ってしまうんだよね。
もちろん『いや、決してそうではない…』と言われるだろうけど、最近日本協会からはフットサルに対してのコメントを聞くことが難しくなってきてしまったからね。
サッカーとフットサルの垣根ができてしまったのかな?
前から多少か感じていたことではあるけれど…。
2009年08月14日
改めてプロ意識とは?
先日、某クラブと大学の練習試合を見に行った。
試合内容等は省くが、試合後のファンサービスが行われていた際の選手の立ち振る舞い等を少し離れたところで見ていた。
ファンサービスに応じた後に駐車場に向かう選手の数名(結構いたけど…)が、アイシング等を行っているわけでもないのにサンダルで歩いていた。中にはビーチサンダルを履いている選手もいて、そのプロ意識の低さに呆れてしまった。
足首等にアイシングをしている場合はサンダルでも致し方ないけれど、真夏とはいえサンダルはないでしょう?
自分の足が大事ではないのかな?駐車場に向かう道は街灯の灯りに頼る程度の薄暗い場所だったのだけれど、気をつけないと足を何かにぶつける等のアクシデントに見舞われかねない状態に、サンダル履き、中にはビーチサンダルの状態で素足をさらしている選手がいたのには残念だった。
中には滑りやすい場所(土の坂道)を避けて歩いている選手もいて、『ああ、わかっているな…』っていう選手もいたけれど、ほんの数名だったし、細かいけれどそういった心配りがつまらない怪我を無くしたり、大袈裟に言えば選手生命を伸ばすことに繋がると思うんだけどね。
ある選手が駐車場に向かう際に、もの凄い形相で近寄れない空気をファンの前で出していた選手がいた。
側で見ていた親子がいたのだけれど、父親が『サインもらえば?』と呟くと、子供は…『あの人怖い…』と言って、一歩下がってしまっていた。
その選手がサンダル履きだったのは言うまでもないのだけれど。
駐車場には選手の物と思われる高級車がたくさん停まっていたけれど、プロ選手のステータスを保つための色々なプロ意識を改めて見つめ直して欲しいと思ったのは言うまでもない。
2009年08月07日
正しいキックは裸足から
『最近の子は上手くなった』って表現をする人も多いけど、足元でちょこちょこやる事は、実は試合に役立つ技術の優先順位ではランクが下になると思う。
数年前にある元日本代表の人と話をした時に、
『確かに俺たちの時代のサッカーと比べると進化してるのかもしれないけど、大事なインサイドキックとかが下手になったと思う』
って嘆いてたのを思い出した。
もちろん、その当時の選手だって世界で勝てなかったのに、現在はアジアでは予選を突破できるようになってW杯に出場できるようになったけれど、それ以上にキックの技術が上手くなってないってことなら、世界で勝てないっていうのは納得できることじゃないかな?
どうしても僕はブラジルの裸足でのプレーでのメリットを考えてしまう。
ブラジルの草サッカーは基本的に裸足。
芝生のピッチの11対11の試合でも裸足でプレーしているケースもある、いや、そんなシチュエーションで実際に試合に参加させてもらったことがある。
裸足だと正確に足に当てないとボールが蹴れないんだよね。
トーキックとか、いい加減なアウトサイドとか、それじゃあボールが蹴れない。
前にも書いたけど、ブラジル人は裸足で正確なトーキックを蹴れちゃうからそれだけでも驚きなんだけど、インサイドキックやインステップとかでもしっかりとボールを蹴るためには痛くないポイントにしっかり当てなきゃいけないから、キックの技術は自然に身に付くんだよね。
それで光る物を持った奴がクラブへ引き抜かれて、更に指導されて磨かれていくって考えたら、やっぱりその日本人との技術の差は明らかなんだよね。
さすがに日本でアスファルトの上で裸足でボールを蹴ってる子はいないけど、人工芝のピッチとかが増えてる日本だからこそ裸足でボールを蹴ることができる環境はあると思うんだけど。
後はブラジルでたくさん見られる砂のピッチね。
あの砂のピッチで裸足でボールを蹴ることは、フィジカル面も含めて技術向上に役に立つと思うんだけど、なかなか日本では作れないかな。
若年層、それもU-10で裸足でボールを蹴らせる機会をつくることが、実は基本技術の更にベースを作り出せるんじゃないかな?って何となく思っている今日この頃…。
2009年07月30日
アマチュアに引退はないから
色々な事を考えた。
まず、競技である以上、勝たなくては周囲から認めてもらえない。
現在高校サッカーに対してはトーナメントでの大会の問題点や、リーグ戦の導入、移行への議論等もあるけれど、やはり現状の大会で勝ち残るチームが強いという評価を受けるのは間違いない。
ただ、どうしても敗退するときは来るし、いずれは選手はチームを離れていくことになる。
部活動の中ではそれを『引退』と表現する。それが僕には抵抗があってしょうがない。
進学、就職、色々な進路がある中で、高校サッカーを終着点と捉えてしまう選手も少なくない。
だから高校選手権が終わってしまった途端に『この世の終わり』のような空気が漂ってしまうのが残念でならない。
悔しさを涙で表現することは素晴らしいことだと思っている。それだけ真剣に取り組んできた結果、涙を流すくらい悔しいのだろうから。
そこでその涙がその先に繋がるポジティブなものであって欲しいと思う。
それは就職して、何か仕事の上での壁にぶつかった時に乗り越えるためのスピリットだったり、受験勉強の時に難しい論文や数学の問題にぶつかる時だったり…誰だってそういう障害と向かい合った時に、涙を流すほど真剣に打ち込んだ経験は活かされるはずだ。
その中でも、これから社会に出た後も休日をエンジョイするためにボールを蹴るとか、プロでなくても次のステージとして競技を続けていきたいっていう意思を持って、FUTEBOL(サッカー、フットサル)を続けて欲しいなと常に思っている。
ただ、やっぱり日本の現状は、ボールを蹴る環境が活かしきれてないのかな?と感じる。
学校の校庭や体育館、公共のスタジアムやサッカー場だけでなく、民間のフットサル施設等、蹴る環境はいくらでもあるんだけど、その施設を活かしきれていないのは事実かな?って感じる。
学校の部活動って、実は保護者の方々が色々と負担してくれることもあるから、選手は実際にお金を払ってるっていう実感はないんだよね。
実際に社会に出て、今までは普通に学校のピッチでスポーツができていたのに、民間のフットサル施設なんかはお金を払わないとプレーが出来ないっていうネガティブなイメージが出来てしまっていて、積極的にボールを蹴りに行くようになるまではちょっと時間がかかったりしてしまう。
やっぱりこれからは、アマチュアだからこそ積極的にボールを蹴って楽しめる文化や環境作りが大事だし、そういったスポーツ産業の発展、整備を更にして行かなくてはいけないんじゃないか?って感じる。
そう考えると、東京を中心としたフットサルの環境の発展っていうのは素晴らしいことなんだよね。
でも、首都圏でも東京の近くであってもガラガラのフットサル施設があるのは事実だし非常にもったいない…イコール、環境はあるのに活かせていないっていう残念な傾向であることは間違いないね。
特にU-15世代にクラブチームがどんどん作られていることで、ボールを蹴る底辺は広がっているように見えても、実は成人してからボールを蹴ってる人が少ないんじゃないか?って。
だからこそ今ある環境を活かすだけじゃなくて、発展させていかなきゃいけないと思うな。
高校サッカーで終わりじゃなくて、色々な続け方がある。
だからこそ、『高校サッカーで終わり』なんて悲しいことを言わないで欲しい。
僕なんかは特に生涯スポーツとしての文化を発展させられるように努力していかなきゃいけないと思っている。
2009年07月22日
シュート練習?
日本の永遠の課題かもしれないね。
面白いけど、どの年代でも同じ事を言っている。
ある意味若年層ではゴールを決めていたのに、だんだん年代が上がるにつれて取れなくなっていく…っていうのなら何か原因を究明する必要があるのかもしれないけれど、日本では若年層から『得点力不足』とかって嘆くんだから、そりゃ育てるノウハウがないってことなんだと思うけど(苦笑)
昔の指導者なんかはそれでシュート練習って答えを出して、ひたすらシュート練習をさせるって傾向あったよね。
フリーの状態で黙々とやらせるっていうかな。
まあやらないよりはいいんだろうけどね。
最近ではシュート練習のシチュエーションなんかも指摘されるようになってきた。
試合に近い状況でのシュート練習っていうかな?それでもゴールを奪えない…。
しかも面白いのは、やっぱりシュート数(シュートの練習で打った数も含む)とゴール数が比例してないじゃないか?ってこと。
現日本協会会長は、『シュート数の数が絶対的に違う』って発言をしたらしいけど、軽率な発言だっていうのは少し事情を知っている人だったらすぐ気がついて失笑しただろうし、ジーコ監督が居残りでシュート練習させた時も『シュート練習をさせたからって入るもんじゃないよ』って思った人が大半だったと思う。
でも、本当の意味で自立した選手がシュート練習をしたら、もっと試合で決めるんじゃないか?と思うんだよね。
最近で言ったら、クリスチアーノ・ロナウドとかがシュート練習に打ち込んだらもっと決まるんじゃないか?なんて思うし。
僕が大きな原因だと思うのは、そのシュート練習に臨む姿勢だ。
ブラジルで僕がカルチャーショックを受けたことの一つがシュート練習だったんだけど、別に大したことをやるわけじゃなくて、日本でもウォーミングアップでやるような『ポストシュート』をブラジルでもやるわけ。
で、どんなカルチャーショックを受けたかというと…。
列を作って並ぶ、ここまでは日本と同じ。
でも、黙っているといつまでも自分に順番が回ってこないの!
ボールを持ってる奴が勝手にポストの選手に向かってボールを蹴って、順番を平気で飛ばしてシュートを打っちゃう。
おいおい!って声をかけるぐらいじゃいつまでたってもシュートを打てない。
だからボールをその並んでるところからでも『こっちにもよこせよ!』って奪ってシュートを打ちに行かないといけないし、そういう競争意識っていうか姿勢が全然違ったんだよね。
何も知らない人からしたら、常識っていうか『順番を守りましょう』っていうモラルがないだけに感じるかもしれないけれど、やっぱりそれぐらいの図々しさがないと、激しい試合でゴールを奪うシュートなんか打てっこないんだよね。
面白いけど、チームの得点王だった選手は、そういうシュート練習でも図々しく人のボールを奪ってはシュートを打ってたし(練習で決まるかは別として・笑)
日本で同じ事をやったとしたら、『割り込みするなよ!』とかっていうアピールはするだろうし、指導者も『順番を守れ!』っていう指導になるんだろうけど、語弊を承知で言うけど、それもどうなんだろう?って思う。
モラルを守る指導も大事なんだけど、やっぱりそういうピッチの中での駆け引きの要素っていうか、『自分がゴールを決めたい、決めてやる!』っていう気持ちが日本の選手には欠けてる気がするんだよね。
ガキ大将的な個性っていうか、そういう要素を上手く伸ばすことが、ゴールを奪えるFWを育てる一つのポイントかな?なんて、そんなブラジルでのなんでもないシュート練習を振り返って思う。
2009年07月15日
ブラジル人監督いろいろ
http://sankei.jp.msn.com/sports/soccer/090714/scr0907142018003-n1.htm
名古屋の監督の時にはあまり結果は出せなかったけど、当時のヴェルディ川崎(現東京V)や、ブラジルでの手腕は疑いの余地はない。
大分はシャムスカ氏を解任した。
http://sankei.jp.msn.com/sports/soccer/090714/scr0907141834002-n1.htm
確かに怪我人続出等のチーム事情はあったにせよ、今期の成績ではしょうがないだろう。
ブラジルではよくあることだけど、解任された監督が、すぐに就職先を見つけるっていうパターン。
だからシャムスカ解任を待って、柏がシャムスカを監督に据えてたらまた面白かったかも。
そういえば、少し前に神戸のカイオ・ジュニオール監督が辞任して、カタールリーグのアル・ガラファの監督に就任した。
金額に心が揺れたと言えばそれまでだけど、成績不振で解任ではなく辞任して次のクラブへ…って、プロの世界とはいえ、日本は相変わらずなめられている。
ある意味建て直しを放棄した上に、高いサラリーという条件に食いつくんだからね。
まあ、違約金等は向こうのクラブが払ったんだろうけど、ちょっと引っかかる。
シーズン前はカイオ・ジュニオールが就任したことで神戸を注目してたけど、実際に観に行った試合とかでも全くの期待はずれだったし。
似たような話はジュビロが昔フェリポンことルイス・フェリッペ・スコラーリを連れてきた時にもあったね。
Jリーグという市場は監督という仕事をするにもそういう評価っていうことなんだろうね。
カイオ・ジュニオールと比べれば、シャムスカは解任されたけど、監督という仕事の責任を果たしたと言えるんじゃないかな?
まあ、最終的にはプロの世界は結果が全てなんだけどね。
2009年07月01日
国際試合の勝ち方を学べたか?

コンフェデ杯でアメリカは快進撃。ブラジルの壁は厚かったけれども、決勝では2点を先制し、あわや?と思わせた。
予選リーグ突破の背景はあったにせよ、真剣勝負の国際大会においてのこの躍進は、大いに称賛されてしかるべきである。
決勝のブラジル戦を見ても、基本的には一方的にブラジルが支配していたけれど、2ゴール目のように数少ないチャンスをゴールに結びつけてしまうしたたかさがなくては国際試合で格上と戦えないということを証明してくれたと思う。
残念なことに、日本はこういう経験のできるコンフェデ杯に出場し続けていたにもかかわらず、オシム監督時代に出場権を失ってしまっていたのだ。
少なくともW杯王者、欧州王者のイタリアかスペインとの真剣勝負を戦える可能性があったのに!
もう取り返しのつかないことだけれど、南アフリカW杯で格上に勝つための準備としての国際試合を失ってしまっていたのだから、今回のアメリカとは大きな差がついてしまったことは間違いない。
実際にアメリカがスペインに勝った経験と自信は大きいよね。
岡田監督も現地入りしていたみたいだけれど、何か学ぶ物はあったのかな?
アメリカとかオーストラリアとか、そういった国々の躍進に対して日本は指をくわえて見ているしかないのかな?
本当に残念でならない。
2009年06月24日
駆け引きの解釈
会場準備からちょっと離れて見ていたけれど、日本の若年層の駆け引きの甘さをピッチ外からも感じた。
挨拶にしても、警戒しているのか?知らない人だからいいやって軽い気持ちなのか?指導が行き届いていないのかはわからないけれど、意図のない挨拶、あるいは挨拶すらできないって感じだった。
僕が指導者に対して挨拶しているのを見て、『挨拶しなきゃ!』ってモードになるのはちょっと面白かったけど(笑)
育成の段階で、挨拶をさせるだけで満足してしまう指導者も多いのではないか?
特に少年サッカー等では、形だけの挨拶をさせて満足してしまうケースがあるように思える。
気持ちのいい挨拶をすることは非常に大事だ。
その上で社会で活かされる逞しさを身につけるためにも、コミュニケーションやいい意味での『駆け引き』に繋げていくことが大事なのではないだろうか?
試合を見ていても、個人でもグループでもチームでも、駆け引きが感じられなかったな。
特に個人でも、ボールを少し扱える子はボールをこねて、とりあえずボールを取られないようにっていう風にしか見えなかった。
そうすると、グループとしてもチームとしても、駆け引きが生まれるはずがないよね。
ちょっと話が前後するけど、その挨拶なんかもそういった『駆け引き』という表現は語弊があるけれど、やっぱり大事なアンテナを張るための手段だと思うんだよね。
こういうご時世だからこそ、不審な大人が現れる場合もある。
先に挨拶をすることで反応を見て、『あれ?変だぞ?』っていう異変に気がつくこともあるでしょう。
ある意味『駆け引き』に通づるものもあると思うんだけど。
試合前に握手をするセレモニーがあるけれど、あの時にも相手との真剣勝負の前なのだから、『絶対に負けないよ』って自信を相手に伝える必要がある。逆に自信満々な相手、格上の相手が余裕の表情をしていたら付け入る隙があるはずだし、自分たちとしてはそういう隙を見せないのも必要だ。
それを言葉にして選手に伝える必要はないんだけど、海外の選手はそういう術を知っているよね。
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プレー等の話に戻るけれど、やはり日本の選手は広い意味での駆け引きが苦手だと感じる。
W杯予選の最中のニュース番組等でも、某選手や某解説者も話していたことである。
『マイボールだからといって、全て焦って点を取りに行く必要はないし、その判断が必要』
その通りだと思う。
W杯予選や本大会ではこういった駆け引きは非常に重要になる。
特に真っ向勝負で敵わない相手に対してこそ、スコアで上回って最終的に勝利する為には、駆け引き無しでは結果はついてこない。
2006のドイツW杯でのブラジル戦はそういった駆け引きをやりきれないままにブラジルにやられた気がする。
先制したのだから、それなりの駆け引きをしなくては圧倒的な力の差があるブラジルに勝てるはずがないと誰もが考えたはずだし。
逆にそういった経験を活かすことがこれからの課題になってくるはずなのだけど、今回のW杯予選ではそういった経験が活かしているとは思えなかった。
まだまだ日本のサッカーは素直だ。
だからこそ、U-15のフットサルリーグを見て、その育成年代の問題点が凝縮されているのではないか?と興味深く見たことは言うまでもない。
本当にボールを奪ったら、闇雲に相手のゴールを目指しちゃう。
リズムも変わらないし、リズムが変わるのはたまたまボールをコントロールミスしてしまって、少し攻撃が遅れる時とか(苦笑)
本当に少々からだが大きくなって、少々技術が向上したら、代表のサッカーそのままになるんじゃないか?と思ったもん。
ビジネスの上では日本人は色々と駆け引きするのに、何でスポーツでは駆け引きしないんだろう?って思っちゃうよね(苦笑)
もちろん、狸的にグレーな駆け引きをするのはスポーツの世界には必要ないと思うけどさ。
そういうこともブラジルでいう少し一時期流行った『MALICIA』の要素の一つなんだよね。
ここまで否定的に書いたけど、もちろん全ての指導者が全て悪くもないし、色々と指導者の方は工夫もされてるなぁと感じることもあったけど、やっぱりそういった気がついたことに関しての情報交換をしてみたいと思ったもんね。
機会があれば、身近な指導者に対してそういったことをお話ししてみたいなって思うな。
2009年06月18日
熱いウチになんとやら…
結局オーストラリアとの差は埋まっていなかった…いや、オーストラリアは日本など眼中になかった。
B組では韓国と北朝鮮がW杯への切符を手にしたが、日本がB組に入っていたら?と思うと、ゾッとする人は多いと思う。
岡田監督は、『この1試合で悲観することもない』とコメントしたみたいだが、本当に苦しいコメントだ。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/text/kaiken/200906170008-spnavi.html
その前から世論は試合内容、結果共に不安を抱き、危機感を募らせていたのだから、岡田監督は何らかの責任を取らなくてはならないだろう。
岡田監督の『W杯ベスト4』という目標設定からか、オーストラリアのピム監督は『アジアでもW杯でも優勝できるかもしれない…』と皮肉めいたコメントを残している。http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/text/kaiken/200906170010-spnavi.html
ヒディングの元で仕事を共にしたピム氏が、本気でそう思っているはずがない。
前から言っているけれど、サイドから崩すにあたり、クロスを放り込むスタイルで、あの高さのオーストラリアを崩せるはずがない。
しかし、その無謀なクロスを放り込んだ場面は何度か見受けられた。
闘莉王の得点も、得意のセットプレーといった感じ。
中沢欠場に当たり、闘莉王以外に高さを感じさせる選手は日本にはいなかった。
交代出場した矢野も、基本的には突破を図るタイプで、高さで勝負するタイプではない。
あれだったら闘莉王を前線に上げた方がわかりやすかったけど、正直それでも結果は同じだっただろう。
『日本独自のサッカー』にたどり着けないのではなくて、簡単に考えればわかることを実行できないだけのような気がしてならない。
特に今回のオーストラリアだけでなくアジア予選全般で言えるけれど、対戦相手のスカウティングがあるのなら、それに対して選手の選考から戦術を微妙に調整していくことができるのが代表チームの特権だと思うけど、岡田監督にはその柔軟性がない。
試合後のオーストラリア人記者から岡田監督への質問の中で、巻の名前が出たりしたみたいだけど、高さの感じられなかった日本が高さに真っ向勝負を挑むのなら、高さのある選手が必要だと言われているようなものだよね。
もちろん、日本がそこまで高さでガチンコ勝負を挑もうとしていたわけではなかったけどね。
そして少々引き気味になった相手を崩すのに効果のあると思われた、前線で小回りの利く興梠が投入されるタイミングが残り5分程度では、本気で2点を奪って逆転しようとしたというより、『とりあえずドローには持ち込もう』といった消極的な考え方にしか思えなかったし。
結局、岡田監督の考えるサッカー自体、世界に通用するべき物でもないし、選手の能力を最大限に活かせてもいないのは明らかだ。
やはり『客観的な選手選考のできる外国人監督』に早期に交代するべきだ。
それは英断でもなんでもない。当たり前の選択だと思う。
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某局の解説だった某氏は、『もっとサイドから!』『クロスを上げないと!』『シュートで終わらないとダメです!』と連呼していたが、本当にこの人、監督経験のある人なの?と思わせるコメントばかり。
残念ながら日本のサッカーのレベルを象徴している。
10年単位の長期計画を打ち出さない限り、日本サッカー界の台頭はない。
残念ながら2002年自国開催の為の資金集めから始まった強化プランは、2002年にて集結してしまったのだから…。



